トップページ>大田市場って?
 


大正12年9月に発生した関東大震災で、それまでに あった東京の民営20数市場は壊滅的な打撃を受け ました。この震災を契機に当時の東京市は、同年3月 にすでに公布されていた「中央卸売市場法」に基づき 中央卸売市場の建設に本格的に取り組みました。

その結果、昭和10年待望の築地、神田、江東の3卸 売市場が開設され、その後、都市の発展、人口の増加 などにより取扱量も大幅に増えたため、荏原、豊島、 淀橋、足立、大森、食肉、板橋、世田谷と次々に新しい 市場が開設されました。

昭和40年代高度経済成長により、市場を取り巻く環境は、出荷単位の大型化、トラック輸送の増大、 食生活の多様化など大きく変化しました。法制の面でも、このような急激な変化に対応するため、昭和46年4月 「卸売市場法」が公布されました。東京都もこれらの変化に伴い、北足立(昭和54年)、 多摩ニュータウン(昭和58年)、葛西(江東から移転・昭和59年)、大田(神田、荏原、大森から移転・平成元年)の 各市場をそれぞれ開設し、現在、11市場4分場で業務を行なっています。

昭和63年に、東京都中央卸売市場で初めて北足立市場に併設された「花き部」は、その後の大田市場(平成2年)、 板橋市場(平成5年)、葛西市場(平成7年)の4市場に併設されました。 東京都はこれからも、21世紀を展望した市場の整備をさらに進め、環境の変化に対応しながら、都民に親しまれる 近代的な「開かれた市場」づくりを目指ます。